2008年06月30日

明日から

7月。

今年もあっという間に、半分が過ぎたわけだ。

この間、いろいろあったけど、過ぎてしまえばどうってこともない。
上期が終わって、演奏会を2回も消化していることが驚きである。

今年は、完全にドヴォルジャーク漬け樽に浸かっているようなものだ。
なんてこれからもそうなることは見えている。
何故なら、チェコ好きが高じて、ついにチェコ物オケを立ち上げてしまい、来年1月に最初の演奏会をすることになった。
当面は、ドヴォルジャークの交響曲全曲演奏を目指す事になった。
僕としては、とてもエキサイティングな企画なのだが、この先運営していくことが大変である。頑張らねばならんな。

そしてもう1点。
初めて履歴書に書ける資格を取得した。
僕が過去に試験を受けたのは珠算3級だけである。何も覚えてないけど、暗算はそれなりに得意である。
大学を5年で卒業してから、勉強なんてしていない。
でもまぁ、酒飲む時間を減らして勉強してみた。2ヶ月勉強し、簿記3級を取ってみた。もちろん学校なぞ行かずに自力である。
さすが俺と自画自賛←アフォやね。
もう少ししたら、2級を目指して勉強しようと思っている。

後半の6ヶ月。
毎週1冊以上の本を読むことに決めた。
小説、歴史物、政治物でも何でも良い。
古本屋だと100円くらいから買えるから、大した出費でない。
今までは暇さえあればスコアを読んでいたのだけど・・・音楽も良いけど、もう少し人間的な幅を持たせたいのである。

そう思ったのも、やはり30代を充実させることで、その先の人生に大きな力となるのだろうと思ったから。だからダラダラするのと、締めるのを半々にしていこうと。

年齢を重ねると頭に入ることも入らなくなるだろうからね。
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2008年06月28日

友達の友達

っていくらでもいるけど・・・

ケイマルさんの友達。
バイオリンのヨゼフ・スークのリサイタルのことは最近書いた。
そんな話をしたらときの話
「スークは親友で最高のバイオリニストだ」
まぁそうかもしれないと思っていたけど、そう簡単に言われても・・・
こちらがサントリーホールでの素晴らしいリサイタルの話をすると、
「そりゃそうだ」
と。

ヤン・パネンカ。
スークトリオの室内楽ピアニストと思われがち。
でもソリストとしてはベートーベンのピアノ協奏曲全曲の名演を残している。
ピアノソナタ全曲録音の予定もあったそうだが、指の怪我のため断念された。
でケイマルさんは
「マエストロ・パネンカは最高のソリストだ。チャイコのピアコンは良かった!」
これに対してあーだこーだ突っ込む気力は残されていない。
でもあなたが吹いてチャイコってどんなん?
気になって仕方がない。
ヤナーチェク、スメタナなどピアノソロで日本で録音しているが、宝のような演奏だ。
もちろん室内楽奏者としては神のような演奏。
どれも素晴らしいけどベートーベン、ブラームスは絶品。

ケイマルさんは僕がホルンを吹くことくらいは共演しているからよく知っている。
ティルシャルさんが好きだってこともね。
でケイマルさんの車でプラハ郊外に遊びに行く時に
「ここが僕の家で」
アクセルを1踏みして
「ここがティルシャルの家」

この2人はどこまで仲良しなんだか・・・・
当時は、コントのような光景だと思った。
がその1年後に相方は天国へ行ってしまった(合掌)

相方を亡くし相当なショックで、直後プラハに電話で話したときは暗い声(電話した最初の瞬間は明るかったけど)だったし、その後日本で会った時も、周りに明るく振舞いながら僕には
「ティルシャルが・・・・」
ってね。

そんな3人合わせて、ブラームスのトリオを録音している。
最初に聞いたトリオの演奏で、今も僕の模範となっている。

それにしても、僕はとんでもない人と友達なのだと思う。息子のような僕と、隔てなく付き合ってくれることにとても感謝している。
ケイマルさんから学んだ事は本当に数え切れない。
そんな友も来週7月3日には67歳の誕生日を迎える。

これからもお元気で、伝統的なチェコスタイルと歴史を教えて欲しいと願う。
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2008年06月27日

カール・リヒター

とても好きな音楽家である。

映像となっているロ短調ミサやブランデンブルグ協奏曲なんぞ、何度見ても飽きない。
それはバウマンやティボー演劇が素晴らしいというだけでない。神々しい演奏だ。

そんなリヒターがフランス国立放送フィルを指揮したとても珍しい「ドイツ・レクイエム」の映像がある。
録音すらしていないのに、お隣の国で客演している。それも若き日に!

これがともて信じられないくらい素晴らしい演奏なのだ。
管楽器は「いつもより気合入れてビブラート掛けてますわーい(嬉しい顔)」の勢いがある。
そういうと、とてもロマンティックな演奏を想像するかもしれないが、そうでもない。伝統的な演奏に聞こえるのが、リヒターの力であろう。
そしてドイツのオケではありえないトランペットのゴージャスなサウンド。宗教曲でトランペットがゴージャスぴかぴか(新しい)でないなんてありえない。
若造が来てきっちり演奏させられてフランスのお方は、さぞ窮屈だったかもしれないけどね。

でも出てくる音が良ければ良いんでねえのダッシュ(走り出すさま)

これのおまけ映像がまた面白い。
イッセルシュテット指揮フランス国立放送フィルで、ワーグナー。
「神々の黄昏」〜ラインへの旅
「トリスタンとイゾルデ」前奏曲、愛の死
オケを見るにはこちらはより適している。
スタジオで収録したと思われるが、管楽器のソロをばっちり納めている。ワーグナーテューバが見えないのが残念だけど・・・・
ホルンは当然ビブラート掛けてのジークフリートコールパンチ

フランスのワーグナー?って思うかもしれないけど、ワーグナー自身フランスでも仕事をしている。パリで上演するために「タンホイザー」にバレエを挿入しているし。
ちなみに「神々の黄昏」のフランス初演の指揮はアルフレッド・コルトー。
意外と近そうな時代だと思うでしょ?20世紀の始めだけどね。
そしてルシアン・テーヴェをバイロイトに招こうとしたのは、クリュイタンス。
実現していたら有名なベームのリングでコールを吹くのが、ハンブルガーの小男でなくテーヴェだったかもしれないと思うと面白い。

妄想万歳手(チョキ)

リヒターのネタからかなり派生してしまった。
posted by CZ-Pivo at 21:47| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月23日

チェコの楽しみ方

今まで、6回チェコに行っている。
プラハの総滞在日数は60日くらいかな。
あとはブルノには3回行っている。

プラハの目ぼしい観光地はほとんど行きつくしているので、今や行きたいところだけ行く。
プラハ城から少し離れたペトシーン公園に向かう散歩道から眺めるプラハの街並みがとても好き。
観光客はあまり居なくて、地元の人達が犬を連れて歩いている。
プラハを案内する友達が、みなここは良いと言ってくれるくらい、素晴らしく絵になる風景である。

そしてヴィシェフラート。
墓地にはアンチェル、クーベリック、ドヴォルジャーク、スメタナをはじめとする芸術家が多く眠るため行かない理由はない。

あとは買い物。
中古レコード屋、CD屋、楽譜屋、古本屋。
レコードは安くて貴重なものがたくさん手に入る。
楽譜も面白い。

今のプラハは世界的観光地で、国を挙げて観光に力を入れているから、観光客向けのレストランがとても多い。
地元の人がたまるような安い店からしたら、2〜5倍の値段になる。
店員は英語が通じて、とても親切だけどなんとなくぎこちない。
もちろん美味しい店もあるけど、ちょっと肩が凝る。
普通の観光客はこういう店に行くのだろうから、店員以外にチェコ人はいない。

僕はそんな店にはほとんど行かない。
やはり地元の人が集まる飲み屋。
店先のメニューの値段を見て判断する。
500mlのビール1杯25コルナ(150円程度)程度なら、地元の人が多い店だと思われる。
そんな店に入ると、チェコ語のメニューしかない。でも適当に料理を注文したってどれも美味しい。
店員は良い意味でダラダラしている。片言の英語しか通じないけど、うちは美味しいだろ!と言わんばかりにとても親切。
店内は、昼間から地元の人達がビール片手に会話に夢中。
そんな店の端でのんびりとチェコビールとチェコ料理を楽しむのは、至福のときである。
ビール2杯と料理で、¥1000以下で納まる。
こんな店で観光客をみることは稀である。

そんな楽しみも午後4時くらいには切り上げて、ホテルに帰り昼寝。
そして夜は、オペラやコンサートに行く。

夜は、ホテルでスーパーで買い込んだチェコワイン(モラヴィアワイン)を飲む。
安くて美味しいワインが作られていることはほとんど知られて無い。

音楽、ビール、ワイン、そしてゆっくり流れる時間を楽しむのである。
posted by CZ-Pivo at 20:46| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

訃報

長年NHK交響楽団の首席ホルン奏者を務めた千葉馨さんが6月21日に亡くなりました。

個人的には、大学4年の時、ジュネスのオーディションを受けに行き
「君は下が向いているよ」
と仰り上吹きで受けに行ったのに2番ホルンで出演する事になったのがとても懐かしい思い出です。
その後はアドヴァイスを他所に上ばかり吹いておりますが・・・

「アフィニス夏の音楽祭」の記念オーケストラで、親方指揮のブラ1、ロストロ指揮チャイ5&プロコ5の演奏を思い出します。
ホルンの真後ろの席だったので、観察しまくり聞いておりました。

また1人、音楽界の巨人がこの世を去りました。

ご冥福をお祈りします。
posted by CZ-Pivo at 10:20| 東京 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月21日

我らのマエストロ

かれこれ長い付き合いである我らのマエストロ:海老原光さんの演奏会を聞いてきた。

なんだかんだ言いつつも東京で、普通のプロオケを振る演奏会は初めてだと思う。

昨日(のことはまた後日書きます)、激辛坦々麺を食べお尻に火がつきそうな状況ではあるが・・・・

久しぶりにティアラ江東へ向かった。

こうして親愛なるマエストロの演奏会を聞くのは、なんだかとても緊張する。
去年のザグレブのマタチッチコンクールで3位になり、我が事のように嬉しかったが、演奏会を実際に聞けるのは特別な感情がある。

なんて個人的な感傷は差っ引いても、とても素敵な演奏会だった。
やりたいことがはっきりしているし、それをオケにきちんとプレゼンテーションし、引き出す。
当たり前だけど、とても難しい。

それよりもなによりも東欧の響きをシティフィルから引き出していたのが、素晴らしい。そして深い呼吸。
これが海老原さんの音楽である。
当たり前だけど全く手抜きも疎かなところもない。それにオケもちゃんと着いてくるのだから。

演奏会の後半になるとそんな個人的な感情もあり、熱いものがこみ上げてきた。

遅めのテンポの「ヴルタヴァ」は良かったなぁ
歌わせ方は見事だった。
とても熱い魂を感じた。

我らのマエストロはまた一つ、階段を登ったのかもしれない。
posted by CZ-Pivo at 21:21| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月18日

なぜチェコか・・・

判りません。

初めてチェコ音楽を聞いたのは、たぶん「新世界」の2楽章。
学校の下校の音楽。

聞きたくて聞いたわけで無い。

その後は・・・・たぶんスラブ舞曲とかだと思う。
初めて買ったカセットテープ(懐かしい)が、ブラームスのハンガリー舞曲とスラブ舞曲が入っているものだった。
なぜかボスコフスキー指揮ロンドン響だった。
デッカだからこんな組み合わせも実現したのだろう。

そしてしょう6くらいの時に、ラジオから聞こえてきたマルチヌー「チェコ・ラプソディー」。

続いてクーベリック指揮チェコフィル「我が祖国」。
NHKの夜中の生中継をひっそりと見ていた。懐かしい・・・・
まだ中1のときだ。

中学生の時はバーンスタインばかり聞いていた。
マーラー、R.シュトラウスやら派手なものが好きだった。

しかしテレビで放送されたフェドセーエフ指揮モスクワ放送響のチャイ5とレスギンカ舞曲を聴いて、ロシア化する。

高校生になってホルンを吹き始めて、最初に買ったホルンのCDは、もちろんブヤノフスキーのベートーベンやアダージョとアレグロ。
その後、安いから買ったナクソスのティルシャル兄弟のコンチェルトを聴いて、衝撃を受けて方向転換。
でも高2で聞いたバウマンのグリエールやウェーバーのCDには驚いた。

そんな高校生の時に、コシュラー指揮群響でティルシャルさんがモーツァルトの4番をやったときには、オーチャードで聞いた。
あれは本当に衝撃的だった。
こんな美しいホルンがあったとは思ってもいなかった。
当たり前だけど、録音で聞くよりもずっと豊かな響き。

その後、ノイマン指揮チェコフィルのマーラーやらが晩年の録音が続々と発売され、出る度に買っていた。
そして高3には、チェコという方向性は完璧に確立されていたのだと思う。

当時は、アマティのトリプルホルンに筒型マウスピースを差し込んで吹いていた。
意識して無い(知らないから)が、思えば完全にティルシャルである。
教えに行った大学オケにそんな小僧がいたら怪しいから、普通は近寄りたくないよな。

ちなみにトランペットは、遊びで高校生の時から吹いていた。
大学に入っても同じで、暇さえあれば友達のラッパを奪っては、吹いていた。
ラッパの後輩に
「私より絶対上手だ」
と言われた事もある。

大学1年の時に、ヨゼフ・スークのリサイタルを聞いた。
サントリーホールでベートーベンばかり3曲。
最初の「春」でノックアウトだった。
アンコールは4曲。
本当に素晴らしいリサイタルだった。

大学2年で、チェコフィルを初めて生で聞いた。
まだティルシャル&ケイマル組が健在だった。
武蔵野文化で聞いた「我が祖国」。
2大巨頭の素晴らしい演奏にノックアウトだった。
そして「ケイマルってすげー」と思うのだった。

大学3年で、悪友を連れてチェコフィルの「巨人」を聞きに行く。
すでにチェコフィルの名誉団員となっていたティルシャルさんがいないので、ケイマルさんの独壇場だった。
それでもコバケンが指揮したのだけど、完全にノイマンの音がしていた。
終演後に、今を予感されるように池袋の天狗でしこたま飲んでいた。

大学4年。
シェフがアシュケナージとなり初来日。
マラ5やツァラだっていうから、張り切って行ったら我らのケイマルさんは他所の仕事があったため出演なし。
でもハリーシュが素晴らしい仕事をいていた。

1999年
コバケンが「我が祖国」、アシュケナージが「新世界」などで来日。
どちらもケイマルさんが頭を吹いていた。
「我が祖国」はDVDとなった。
「新世界」はアシュケナージがハリーシュを指名したのに、ケイマルさんは出場。圧倒的なパワーを見せ付けてくれた。

このころチェコフィルのホームページを作ったのかな?

2000年
初めてチェコ上陸。
ドヴォルジャークホールで聞いた響きは衝撃だった。
凄まじい音の響き。

しかしチェコが過ごしやすい国だとは思わなかった。
確かにビールは上手いが・・・・
チェコ語というわからん言葉。
英語で気さくに話してくれるトルコ料理屋(ようはケバブサンドを食べに)に何度も行ったのだった。

2001年
プラハに約1ヶ月滞在した←住んでいたとも言う。
1泊1000円の宿を見つけ、居心地が良かったからに他ならない。
連日チェコフィル、プラハ響、オペラを見てあるいた。
オクタヴィアレコードのご好意でチェコフィルのゲネプロ、レコーディングを聞かせてもらったり。
それでケイマルさんやティルシャルさんと知り合うことになる。
友達ができるとチェコが楽しくて仕方なくなる。
今にして思えば、どっぷり浸かる引き金になったのだろう。

ちなみに今もチェコ語はほとんど判らない。
「おはようございます」
「こんにちは」
「こんばんは」
「おやすみなさい」
「ありあがとう」
「ビール飲みに行きませんか?」
「ビールをください」
「元気ですか?」
「1,2,3」
「英語でお願いします」
程度しか話せないけど、なんとかなる。
これで十分過ぎるかもしれないな。
もちろんもっと勉強した方が良いに決まっているけどね。

しかし、ガキのころから見渡すと、自然と今への導かれて来たように思う。
もちろん、好きになった理由は判らないけど、好きになったから、それを本気に知りたいと思ったからだろう。
だからそういう人が自然と回りに居た。
それを大いに利用させていただいた。
チェコフィルの録音に潜り込んだり・・・・そしてケイマルさんと知り合い、自然とビールを飲みに行く仲になっていた。

欲しいからと求めすぎずに、自分の意思を持っていると、それが必要なタイミングで何かが落ちてくる。全ては偶然かつ必然の出会いである。

それは人生そのものである。

これからも、のんびりチェコと人生を楽しみたいと思っている。

そんな楽しみ方は、またそのうち。
posted by CZ-Pivo at 22:19| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月16日

フレンチ・ホルン

本物のフレンチホルン。いわゆるコル。
ピストンでC管上昇管があって、テーヴェが使用していたことで有名。

そんな楽器を吹こうと思ったことが無かった。
チェコのヴィブラートはフランス直輸入とされているから、そういう意味ではルーツのあるスタイルなのかもしれないけど。

しかしまぁ吹いてしまった訳だ。
あまりに普通に吹けてしまった・・・・
好き嫌いでなく、自分のスタイルにぴったりはまる楽器であった。
C管の倍音構成のお陰で、五線を通り越したGまでとても楽勝。
あはは。笑っちゃう。

ちゅうわけで久しぶりにテーヴェが吹くラヴェル「パヴァーヌ」を聞いている。
取り出したのは多分10年ぶりとかだろう。

まぁ美しいに決まっている。
高校生の時に初めて聞いて、びっくりしたのが懐かしい。

ナチュラルホルンといい、コルといい古いスタイルの楽器がとても僕の身体に合っている。
まったくどうしたものだ・・・・

やはりBシングルで吹くべきなのでは?という気持ちが強くなる。
3月にシューマンのチェロコンで2番を吹いて、セミダブルが2番ホルンで最高のパフォーマンスをしてくれることは良く判ったし・・・やはり前列左ばかり座る私としてはBシングルだな。
もちろんコルでも良いのだろうけど、そう簡単に使える状態の楽器が落ちていない。

古い楽器といえば、ウィンナホルン。
あれは駄目だろうと思っている。
でもウィンナ使ってもヴィブラートが掛かるのだろうな。どんな音になるか興味はある。

チェコとウィーンのスタイルに共通点があると、言うけれど未だに良く判らない。
でもウィーンにはチェコ人出身者が多く活躍している事実もある。
ウィーンフィルのトロンボーン:ガブリエル・マダスはかつてチェコフィルに居た。ペーター・シュミードルもチェコ生まれ。
ファゴットのトゥルノフスキーは、父がかのマルティ・トゥルノフスキー。
ウィーン響のコンマスもチェコ人。

ノイマンさんは、チェコフィルはウィーンフィルとの共通点があり
「チェコフィルが男性的で、ウィーンフィルは女性的だ」
という。

僕に言わせれば、どちらのオケも指揮者の言う事よりも、自分達のスタイルを優先し、違う場合は指揮者に抗議することが共通点だと思うが・・・・

そんなことよりも、無くなったパリ音楽院管弦楽団を久しぶりに聞いているが、とても個性的で「良い音」を持っていた。
posted by CZ-Pivo at 21:34| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月15日

アレクサンドル・ラザレフ

とても好きな指揮者。

大振りな指揮姿ではあるが、とても緻密な音楽を作る。
日フィルの常任指揮者に就任するため、読響とは今回が最後の登場になる。

今回読響と3つのプログラムを指揮したが、昨日しか行けなかった・・・

最初のラフマニノフ「岩」。
CDはいろいろあるけど、正直なところどうでも良い曲であったが、とても良い曲に聞こえた。ラフマニノフらしいロマンティックな旋律が魅力だ。
続く、ラフマニノフ「パガニーニの主題による変奏曲」はピアノも素晴らしかった。
ピアノソロの部分は、普通なら小節の頭しか指揮しないのだけど、ラザレフは全ての拍を振る。美しい旋律だから、それだけ思い入れもあるのだろうけど、とても面白い。
後半は、ラザレフのやりたい放題で鳴らしまくりの「ローマの祭」。
重心が下にあり、「モスクワの祭」のような様相。
テンポを自在に動かし、タメを作る。
こういう強い個性のある指揮者は本当に面白い。

昨日しか聞けなかったことをとても後悔した。

終演後は、いつものように事務局方々と宴会。
金曜の夜もしこたま飲んだのに、昨日も良く飲んだ。
ゴルフバーなんてとこに初めて行った。
ご馳走になってしまった。

そういやラザレフは、去年の9月にチェコフィルに登場している。
アレンスキーのピアコン、チャイコフスキー組曲3番なんていうマニアックなプログラム。
どんな演奏になったのだろう。
posted by CZ-Pivo at 13:24| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月11日

ドヴォルジャークの知らない響き

ドヴォルジャークの最初の交響曲「ズロニツェの鐘」は生前初演されなかった。
ゆえにドヴォルジャーク自身がその響きを知らない。
初演は1936年のこと。
出版されたのはもっと後。

この曲の初録音がノイマンのプラハ響との録音。その後もチェコフィルと2回録音している。よっぽど好きなのだろう。

ホルンのファンファーレに始まり、とてもボヘミアの薫り高き曲である。
その後の構成美なんてないけど、若き情熱に溢れる曲だと思う。
スコアを持っていないからなんとも言えないけど、かなり無茶なことが書いてありそうな気がする、50分近い大作である。

でもとても意外な事実がある。

チェコフィルが演奏会で取り上げた事が無い

チェコフィルの110周年記念誌にそのように書いてある。
もちろん録音のためには演奏している。

ちなみに2番ですら去年だかにマーツァルが取り上げたのが80年ぶりくらいのことである。

「ズロニツェ」は11歳からドヴォルジャークが小さい住んだ街。故郷ネラホゼベスから20キロほどである。
今も観光名所なんぞなくて、かつての家に記念館がある程度のところである。
交通手段はバスか電車であるが、とてつもなく不便である。
とても興味はあるが、どうしたらよいものかと思わせる不便さ。
別荘のあったウィソカーですら、プラハからバスを乗り継いで1時間半近く掛かる。電車とバスではもっと掛かる。

でもそういう不便なところこそ自力で到達した時の達成感は何物にも変え難い喜びがある。

さてどうするか・・・・
posted by CZ-Pivo at 22:03| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月07日

ノイマンのマーラー

素晴らしいなんて改めて言う必要はないけど・・・・

スプラフォンの国内盤の旧全集が安かったから買ってみた。
もちろんスプラフォンの全集は箱で持っているけど、収録されている歌曲が若干国内盤が多いのが魅力。

江崎さんが録音したマーラーは本当に素晴らしく、僕にノイマンとマーラーの素晴らしさを教えてくれたものなので、愛して止まない演奏である。
演奏に参加した人からも、あの演奏は!と何度も聞かされてきたから、とても思い入れがある。

さて旧全集は、確かに素晴らしいけど新録音が全てを超越した音楽を聞かせてくれるため、素晴らしいのだけど・・・・と思っていた。
7と8番は除いて。

しかしこの箱を買って最初に6番を聞いてみた。自分の浅はかさを思い知るのである。
新録音でも素晴らしい演奏を聞かせてくれている彼らが若かりし日には、熱く燃え滾る演奏をしているのである。
ノイマンの寸分の狂いも無い指揮が目に浮かぶ。
3楽章のアルマのテーマで分厚い弦楽器が鳴り響くところなぞ涙が出てくる。

この全曲録音をするにあたりノイマンは、ケイマルさんとティルシャルさんを家に招き、西側で手に入れたとても貴重なショルティ指揮シカゴ響の5番のレコードを聞かせを2人にカセットテープに落として渡した。
ノイマンは2人に
「この演奏は我々のマーラーのスタイルではない。しかしオーケストラとしてこれほど完璧な演奏は無い。よろしく頼む。」
と話した。

先に家に呼ばれたのはティルシャルさん。
ケイマルさんに
「凄いものをノイマンに聞かされた」
と話したそうだ。

後から呼ばれたケイマルさんは、ノイマンから渡されたカセットを擦り切れるほど聞いたという。
ティルシャルさんがどうしたかは詳しく知らないけど・・・・

ということで、マーラーの故郷からとても素晴らしい録音が完成するのである。

マーラーが生まれたのは南ボヘミアのカリシュト。
カリシュトの生家は記念館になっている。
幼き日を南ボヘミアの中心都市:イフラヴァで過ごした。イフラヴァにはマーラー・ハウスがあり、カフェ・マーラーとなっている。
マーラーの別荘はケイマルさんの別荘のすぐ近く。
今もマーラーが過ごしたというプレートがあるが、普通に民家になっているため入れない。

マーラー自身、ユダヤ人として故郷がないことを嘆いていたが、生まれ故国のチェコは、今もマーラーを自国の作曲家として大切にしている。
なんとも不思議である。

最近、マーラーを聞いていなかったけど、ノイマンの全集をまとめて聞いてみよう。

今度の旅行でマーラーの地を訪ねるってのも悪くないな。
とても行きにくいけど・・・
posted by CZ-Pivo at 10:43| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月02日

無事に終了

昨日、無事に演奏会が終了。

練習では淡々と指揮をする指揮者先生が本番では豹変?し、熱い指揮で引っ張ってくれたのがとてもよかった。
もう少しオケ全体が着いて行ったらもっと盛り上がったに違いない。

でも前半の「我が家」ドヴォコンはどことなくなんとなく全体に不安感が支配していたように思われ、それが見事に音に出ていた・・・
ソリスト先生に申し訳ない。とても素晴らしい演奏をしてくれたのに。アンコールの「鳥の歌」も今日いきなりやることになったのだけど、素晴らしい演奏だった。こういうのを舞台で聞いていられるのが嬉しい。

個人的には前半でポロポロ外してしまい凹んだが、後半で一気に取り返しにかかったため結果オーライ。
ドヴォ7の2楽章。クライマックスを完璧に決められた。
これはとても嬉しかった。
4楽章は1番ラッパが何時もに増して炸裂しまくったため、付いて行けず・・・・でも負けじと吹きまくりました。
でも弦楽器が分厚い響きを作っているため、たぶんあれくらい吹いても普通のバランスだったろうと思う。

何がともあれドヴォルジャークをまとめて取り上げる機会はほとんどないため、とても嬉しかった。
つい半年前に生家のあるネラホゼベスへ行った感動を改めて思い出した。
posted by CZ-Pivo at 18:02| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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