2008年08月11日

ヤナーチェク

ヤナーチェクはモラヴィア出身である。
生まれは、ポーランド国境にも近いフクヴァルディ。あまりにも辺鄙なのでまともに行くのは、困難である。もちろん行ったことはない。

ボヘミア人と比較して、モラヴィア人の方が血の気が多いような言い方もある。
同じチェコ語でもモラヴィア方言があり、ヤナーチェクは生涯訛りのある方言を話したという。
幼い頃からブルノに移り、生涯のほとんどをブルノで過ごした。

ブルノ音楽院はかつてからチェコフィルのホルン奏者養成学校とも言われてきた。
ティルシャル兄弟もブルノ音楽院出身。
その先生もチェコフィル首席奏者だった。
今もブルノ音楽院では、ブルノ音楽院出身者で元チェコフィルソロホルンのペトラーシュが教授を務めている。

そんなブルノに縁の深いヤナーチェクと言うと、どうしても大編成だけど何故か演奏回数の多い「シンフォニエッタ」が有名。
CDだとよく一緒に入っている「タラス・ブーリバ」を聞く人は少ないと思う。
とても良い曲なんだけどなぁ

よくて「グラゴル・ミサ」までだろうね。
あとは2曲の弦楽四重奏。
ピアノ弾く人には、「1905年」「霧」とかは知られている?

オペラは???
「イエヌーファ」
「カーチャ・カバノヴァー」
「死者の家から」
「ブロウチェク氏の旅行」
「利口な女狐」
「運命」
「シャルカ」
など

オペラは、実際に見ないとその面白さは伝わらないけど。

なんて偉そうに言いながら、ヤナーチェクなんぞ全く門外漢だった。
変わったのは、ブルノに行ったこと。
ヤナーチェクの音が聞こえてきそうな、角から歩いて出てきそうな街の雰囲気。
「シンフォニエッタ」の城とは、まさにブルノの中心にあるシュピルベルグ城のこと。

そして国民劇場で「イェヌーファ」、ヤナーチェク劇場で「カーチャ・カバノヴァー」を観てようやく見えてきた。
ヤナーチェクの音楽は、感覚的にモラヴィアの空気そのものであるということ。それはヤナーチェク自身が民謡を集め、それを音楽に取り入れたことと大きく関係するのだろう。

これらの名曲のほとんどが60歳を超えて、最後の10年に集中して書いているのだから、不思議である。

ヤナーチェクを聞くと、あの独特な雰囲気のあるブルノを空気が思い出されてならない。まさに街がヤナーチェクを生み出したのだろう。

久しぶりにブルノへ行くのが楽しみだ。
posted by CZ-Pivo at 22:33| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ご無沙汰しております。
日本ヤナーチェク友の会のPilsnerです。
このたび、ラドミル・エリシュカのページを開設しましたのでご笑覧ください。

http://members3.jcom.home.ne.jp/eliskafan/

マエストロ初のCD、4月の札響とのライブが8月27日に発売になります。そちらもあわせてよろしくお願いいたします。(サイト内で注文受付も行っております。)

今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by Pilsner at 2008年08月15日 06:43
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