2008年01月12日

ただいまぁぁPart4

続きだよ。

1月3日 くもり さむい

今日は、ドヴォルジャークの生家があるネラホゼベスへ向かってみる。
ネットで調べた時刻表だけが頼りである。

マサリク駅に行き、取り合えずネラホゼベスまでの往復切符を購入。3人で169コルナである。
で電車の到着を待つが、来ない。どうやら1時間遅れとなっている。
寒くて死にそうなので、仕方なく共和国広場近くのショッピングモールを散歩する。
取り合えず寒さをしのいだ。
キティショップがあったが、プラハ城キティなんてものはなかった(当たり前か?)。

10時半前に再びマサリク駅に行くと、今度は70分遅れとなっている。
まぁ10分なんて関係ない。ちゅうかここに到着する電車がそもそも80分遅れなのだから、戻る電車も遅れるに決まっている。
10時50分くらいにプラハ・マサリク駅を出発する。
おもっきりローカル列車の旅となる。周りに観光客なんて全くいない。ちゅうか車内放送すらない。
でもまぁなんとなく適当に電車に揺られること40分ほどでネラホゼベスに到着。
それも駅の看板を見て降りたのである。もし見ることなかったら、乗り過ごしていたに違いない。
ネラホゼベスで降りても、無人駅。
目の前にはヴルタヴァが流れ、道がある方へは線路をまたいで行くのである。
さてどこにドヴォルジャークさんの生家があるのかなぁと思っていたら、ほとんど目の前だった。
しかし冬季休業のようである。冬場は事前に予約した場合のも見せてくれるようだ。
何の予備知識無く来るとこのザマである。相変わらず適当な旅行である。
生家のすぐ近くには、ドヴォルジャークさんの銅像がたっている。
そこで記念撮影。
家のすぐ近くには、教会、そしてネラホゼベス城がある。
こんなところでドヴォルジャークさんは生まれたのである。生まれてすぐの1845年にウィーン〜プラハ〜ドレスデンを結ぶ鉄路が完成した。このことがドヴォルジャークを鉄道好きにしたとも言われている。
そんなことを思いながら、古い時代へ思いを寄せつつなんて思いたいところであるが、本当は死ぬほど寒いのである。
耳は千切れそうで、手袋無しではいられない。厚手のコート、マフラー、セーターを着込んでも関係なく寒い。
これほどまで寒くなるとは思っていなかった。

帰りの電車は?と思ったら、ネットで調べろ!って駅に書いてあったが、一応時刻表がありここでの滞在時間はおよそ1時間。
電車の時間が近づくに連れて、人が集まってくる。
確かに電車が来るのだろうと思いつつ、電車を待ち少々遅れて来たプラハ・マサリク駅行きの電車に乗り込む。

プラハに戻ってきて、今度はドヴォルジャーク博物館へ向かう。
博物館には、かつてのネラホゼベスの写真が飾ってあり、先ほどの光景を思い出し、改めて感動する。
ここに来るのは8回目とかかも知れないけど、毎度ながら感動するのである。
1時間半ほど見学する。

ドヴォルジャーク博物館を後にし、これまたテスコに寄って酒を買い込んでホテルに戻りお昼寝タイムとする。

7時くらいにホテルを出て、チケットがないのに国立歌劇場へ向かう。
しかし本日は、売り切れとなっていた。有名指揮者&歌手が出演する訳ではないが、こういう日もあるのかと。
しゃあないので、またもプラハの街をふらふら見物しつつ、ホテルに戻り買い込んだ酒を飲みながら、ネラホゼベスでの時間を振り返り、盛り上がる。
ドヴォルジャークの生家の中を見ることは出来なかったけど、あの土地に立ち、空気を吸い、雰囲気を感じることができたのは最高に幸せで、収穫だった。
今年はドヴォルジャークさんにかつてないくらいお世話になるので、改めて素晴らしい音楽を残してくれたドヴォルジャークさんに感謝したい。

1月4日 くもり さむい

今日で、プラハでの日も最後となった。
チェコフィルが「我が祖国」を演奏するのだが、チケットはない。オクタヴィアレコードが録音すると聞いていたので、せめてゲネプロを聞かせてもらおうとドヴォルジャークホールに行ってみたら、誰もいない。
聞いてみると、オクタヴィアを録音しないことにしたようだ。

ここで計画が頓挫する。

しゃあないので、せめてもとスメタナ博物館を見物する。
博物館の1階には、かつての洪水でここまで水が来た!とプレートが残されていた。今の水面からしたら、3メートル以上も高いのだろう。よくぞここまで来たものだ。
今のヴルタヴァはと言うと、水しぶきを上げた横から凍っている・・・いかに寒いかということだ。
スメタナ博物館は、小さいのだけどここもとても充実していてあれよあれよと1時間半が経過。

そしてカレル橋の塔に登るが、これまた死ぬほど寒いのである。
でもまた塔の上からの風景も美しい。
カレル橋を渡り、CD屋でまたもお買い物。

その後、楽器屋を見つけた。
これが悪の始まり。
俺は買わなかったが・・・・
アフォなチェルベニーの楽器を買う同行者。
まぁそれくらい楽しい楽器があったのは事実だ。
特にB♭コルネット。あれはなかなかの名器だと思う。上から下までとても吹きやすい。
調子こいて俺が、ブランデンブルグ2番を吹いてみた。この楽器にしたらこんなハイトーンを吹かれたことは無いのかもしれないけどね。

ゴミいやお土産が増えたので、またホテルに戻り荷物を置く。
ここまで来たら、もはや買い物ツアー状態である。またドヴォルジャークホールの店に行き、いろいろ買い込み、ヴァーツラフ広場の本屋で、おいらは「プラハの春」60周年記念誌を買い込む。
これがとても素晴らしいメモリアルの本である。

そしてテスコでおのおの職場などへのお土産を買い込み、ホテルへ帰り、またお昼寝タイム。

またチケットもなく国立歌劇場へ行ったら、またも売り切れ。
本日の「カルメン」は日本でもお馴染みのレナルトが指揮だった。そりゃ地元の人で、客席は一杯に埋め尽くされるのだろう。
こういう名指揮者が、指揮台に立つときは、観光客よりも地元民で埋め尽くされる。
かつて国民劇場で、イルジー・コウト指揮でヤナーチェク「イエヌーファ」、ビエロフラーベク指揮でスメタナ「悪魔の壁」を見たときは、観光客はほとんどなく地元の人でとんでもなく盛り上がる素晴らしい舞台を堪能したことを思い出した。
彼らは、自国民が見るときと、そうでないときの落差を、演じる側、聞き手も良く判っているのだと思う。
でも関係なく、ピットからはテンションの高い音が聞こえてくるのもまた事実。それが本当に素晴らしいことで、この国の音楽の懐の深さを改めて、思い知らされることになるのだ。

ちゅうことで、しゃあないので、ヴァーツラフ広場にあるチェコレストランで晩御飯を食べる。ここは観光客よりも地元の人が通う店で、安くてとても美味しいのである。
最後の夜を、美味しいチェコビールとチェコ料理で堪能する。

でもホテルに戻ったら、やっぱりまた飲むのだけどね。

1月5日〜6日 さむい くもり→東京は晴れだよん

さて今日は一日掛けて日本に帰るのだ。
今回もまたドイツ、チェコと存分に堪能できた。
ヴルタヴァや美しいボヘミアの風景を堪能して、命の洗濯は十分にできたと思う。
帰りは割りとゆっくりだ。
9時くらいにホテルを出て、ムーステクから地下鉄に乗り、デイヴィツカへ向かう。
この駅も1ヶ月プラハに住んでいたときに良く使った駅なので何となく懐かしい。
ここからバスに乗り空港へ。
チェックインして、空港のバーで最後のチェコビール生を頂く。これだけはどうしてもチェコに来ないと堪能する事ができないのである。
定刻とおりにプラハを出発し、機内でまた機内サービスでチェコビールを頂く。これで本当に最後だろうね。

アムステルダムで成田行きへ乗り換えるが、時間がほとんどないが、お土産物やオランダ特産ジンであるジェネハーが安かったので、ついついお買い上げ。
そして一路日本へ向かう。
機内では、また少しお酒を頂きつつ・・・・寝たらあっという間にシベリア上空を通過して、日本時間6日の朝になっていた。

成田に着いて、さて家に帰るかと思っていたら、掲示板に我々の名前が・・・・
聞いたら、荷物がプラハに置き去りになっていたそうな。
空港で返送の手続きやらで時間をとられたが、身軽なのでスカイライナーで日本のマズイビールということで、スーパードライを飲む。
3人揃って「マズイ!!」と言いつつ態度の悪い酔っ払いと化していた。
上野に着いて、せっかくだから湯島天神へ初詣。
さらにまた飲み屋に入り、日本の酒をとか言っているが、俺はさすがに疲れて死亡。
先に帰り、家に着いてそのまま寝ていた。

まぁ駆け足で振り返ってみたけど、いろいろあったがとても充実した旅行だった。
これを糧にまた東京で頑張ろうね。
posted by CZ-Pivo at 20:53| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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